第一章：湯けむりに揺れる秘密 冷たい冬の夜、星空が露天風呂を優しく照らす。　温泉宿の静けさの中、私と愛々（まなまな）は温泉に足を浸しながら、微妙な距離感を保っていた。　いつも通り、彼女の顔は分厚い前髪で覆われ、その奥に潜む瞳の動きは一切見えない。 「……あ、あなた。ここ、ちゃんと温かくて……すごく気持ちいいです。」 愛々の声は少し震えていた。　頬が赤く染まっているのは湯気のせいなのか、それとも……。 「そうだな。　夜空もきれいだし、なんだか贅沢な気分だよ。」 湯の中でそっと手を動かしてみる。　ほんの少しだけ彼女に近づいてみたが、愛々は気づいているのかいないのか、編み物をしているかのように指をもじもじさせていた。　 「その……、こんな静かなところに二人きりだなんて、ちょっと緊張しちゃいます。　でも、あなたと一緒なら……」 彼女が何かを言いかけた瞬間、勢いよく湯気が上がった。　彼女の顔がさらに赤く染まった気がした。 「どうした、何かあった？」 「い、いえ！　なんでもないです！」 湯の中で彼女の手が動揺しているのが見える。　少し意地悪をしてやろうと思い、さらに距離を詰めてみる。 「顔、真っ赤だぞ。　熱すぎるなら外に出てもいいんだぞ？」 「ち、ちがいます！　これは、その……っ！」 彼女が言い訳を探している様子はいつ見ても可愛らしい。　その胸元は大きく膨らみ、湯気の向こうでその存在感を隠しきれない。　愛々はそれを気にしてか、胸元をそっと押さえながら目線を落とした。 「……あなたって、本当に意地悪です。」 「悪い悪い。　でも、そういうところも好きだよ。」 彼女の肩がピクリと震えた。　明らかに驚いている。　いつもの恥ずかしがり屋な反応に、こちらまで照れてしまう。 湯上がり後、部屋に戻ると愛々はいつもの黒い衣装に着替えていた。　シャツとジャケット、そしてスカート。　そのシックな姿は温泉の柔らかな印象とは対照的だったが、彼女の魅力を引き立てていた。 「髪、まだ濡れてるぞ。　ちゃんと乾かしたほうがいい。」 「……大丈夫です。　私は平気なので。」 「いや、だめだ。　風邪ひくと困るだろ。　ほら、座れ。」 彼女を無理やり椅子に座らせ、タオルでそっと髪を拭いてやる。　前髪が乱れそうになると、彼女は慌てて両手で押さえた。 「だ、大丈夫ですからっ！　本当に……！」 「いいからじっとしてろ。　せっかくの温泉旅行なんだから、ちゃんとケアしないと楽しめないぞ。」 彼女は諦めたように小さく頷き、大人しく座った。　その間も胸元をそっと押さえ、どこか落ち着かない様子だった。 タオルで髪を乾かし終えると、彼女は静かに立ち上がった。　顔を隠す前髪の奥から小さな声が漏れる。 「……ありがとう。　その……、やっぱりあなたって、優しいです。」 「おいおい、急にどうした？」 「な、なんでもないですっ！」 愛々は慌てて振り向き、ベッドへと逃げ込むように飛び込んだ。 第二章：ふくらむ想い 夜が深まり、愛々はベッドの端で小さく丸まっていた。シーツを胸元まで引き上げ、恥じらいを隠そうとする彼女の姿が愛おしい。 「……あなた、何か気になることでもあるんですか？」 突然、彼女が声を出した。顔はいつものように前髪で隠れているが、頬がほんのり赤いのがわかる。 「いや、気になるっていうか……愛々、胸苦しくないか？　布団、ぎゅうぎゅうだぞ。」 その言葉に、愛々は肩を震わせた。 「そ、そんなこと……！　気にしないでください！」 けれど、彼女の動揺は隠せない。布団の中で胸元を押さえ、なんとか自分を落ち着かせようとしているのが見て取れる。 「別に気にしてるわけじゃないぞ。ただ、もっと楽にしたらいいんじゃないかって……。」 「わ、私のことなんて放っておいてください！」 その反応に思わず笑ってしまった。 「そんな怒るなよ。……いや、怒ってるってわけじゃなくて、むしろ自慢してもいいんじゃないかと思って。」 「じ、自慢なんて……っ！」 愛々の声が震えた。その瞬間、彼女は思わず顔を背け、さらに布団の中へもぐり込んでしまった。 「……でも、その……本当に、そんなふうに思いますか？」 布団の中から小さな声が漏れる。顔を見せないままの彼女に、冗談っぽく返してみる。 「当たり前だろ。誰だってうらやましがるぞ。それに、俺は……お前のそういうところ、好きだ。」 愛々は一瞬固まったようだったが、次の瞬間には布団の中でゴソゴソと動き出した。前髪の奥で、彼女の表情がどうなっているのか想像するだけでこちらまで照れてしまう。 「……本当に意地悪な人ですね。」 小さく呟く声が、心なしか嬉しそうだった。 第三章：手編みのぬくもり 朝日が差し込み、部屋に柔らかな光が広がった。愛々はソファに座り、編み物に集中している。その手元は器用で、編み針がリズミカルに動いていた。 「何を編んでるんだ？」 「……マフラーです。」 彼女の声は少し控えめだったが、編み物に集中しているせいか、いつもより自然だった。膝に広がる編みかけのマフラーは、濃い紺色で、どこか暖かさを感じさせる。 「すごいな。手編みなんて、俺には絶対できない。」 「ふふっ……編み物は、趣味なので。」 その表情は見えないが、声色が少し柔らかくなった気がする。そんな彼女の様子に心が和んだ。 「愛々、ほんと器用だな。手もきれいだし。」 愛々の手がピタリと止まる。 「そ、そんなこと……っ。」 彼女は照れたように編み物を膝の上で抱え込んだ。その仕草があまりにも可愛らしく、思わず笑ってしまった。 「いや、ほんとに尊敬するよ。……それ、誰にあげるんだ？」 「そ、それは……」 愛々の声が小さくなる。彼女は前髪の奥で迷っているようだったが、やがて小さく呟いた。 「……あなたに、あげます。」 その言葉に、思わず息を呑んだ。 「俺に？　……本当に？」 「だ、だって……っ！　誰かにあげるなら、その……あなたがいい、ですから。」 彼女の肩が小さく震えているのが見えた。顔を隠しきれない恥ずかしさと、それでも伝えたい気持ちが混ざった言葉に、胸が温かくなった。 「ありがとう。……大事にするよ。」 その言葉に、彼女はさらに顔を隠してしまったが、どこか嬉しそうだった。 第四章：揺れる気持ち 夜が更け、愛々はベッドの端に腰掛けていた。その前髪の奥で、彼女が何かを考え込んでいるのがわかる。手元には自分で編んだマフラーがそっと握られていた。 「愛々、何か考え事か？」 声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。そして、胸元をそっと手で押さえながら、少しだけ顔をこちらに向けた。 「……なんでもありません。考え事なんて、そんな……。」 しかし、その仕草はどこかぎこちなく、彼女が何かを隠しているのは明らかだった。愛々の視線が一瞬自分の胸元へ向かい、それから慌てて逸らされるのを見逃すわけがない。 「……愛々、自分の胸のこと、気にしてるのか？」 その問いに、愛々は完全に固まった。彼女は前髪の奥で顔を赤らめ、震える声で答えた。 「そ、そんなこと、ないですっ！　ただ……ただ、少しだけ……。」 「少しだけ、何？」 愛々は布団の端をぎゅっと握りしめた。そして、まるで自分に言い聞かせるように、小さな声で答えた。 「……少しだけ、自慢に思うことも、あります。でも……それを思うと、恥ずかしくて……。」 その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。彼女が抱える感情の揺れを思うと、愛々の愛おしさがさらに募る。 「愛々、俺はお前の全部が好きだ。お前の胸のことだって、そうだ。無理に隠そうとしなくても、もっと自信を持っていいんじゃないか？」 その言葉に、彼女は驚いたように顔を上げた。前髪の奥の瞳が一瞬だけこちらを捉える。そして、再び布団に顔をうずめた。 「……あなた、本当に意地悪です。」 彼女の小さな声に、思わず笑みがこぼれた。 愛々はその後もしばらく布団の中から出てこなかったが、その背中が小さく震えているのを見て、彼女が少しだけ喜んでいるのだとわかった。 夜が更けるにつれて、部屋の空気はさらに静かになり、愛々の呼吸がゆっくりと落ち着いていく。彼女の胸が規則正しく上下する様子を見つめながら、こちらも安心感に包まれていった。 翌朝には、彼女がどんな表情を見せるのか、少しだけ楽しみだった。 第五章：ふたりだけの朝 翌朝、愛々は少し早く目を覚ましていた。リビングのソファに座り、静かに編み物を続けている。昨日の夜のことを思い出しているのだろうか、その指先は少し震えていた。 「おはよう、愛々。」 声をかけると、彼女は驚いたように振り向いた。そして、編み物を慌てて隠そうとするが、その動きが余計に不器用で、編みかけのマフラーが膝から滑り落ちた。 「お、おはようございます……。あの、これは……！」 「またマフラーを編んでるのか？　昨日のと同じ色だな。」 彼女は赤くなりながら、うつむいた。 「……はい。でも、これは……昨日のより、もっと丁寧に編みたくて。」 「もっと丁寧に？」 「だ、だって……あなたが昨日、すごく喜んでくれたから……。だから、もっと喜んでもらえるように……。」 愛々の声が小さくなる。彼女の気持ちを想うと、思わず胸が熱くなった。 「ありがとう、愛々。本当に、お前の気持ちが嬉しいよ。」 彼女は照れたように顔を隠したが、その手元はしっかりとマフラーを抱きしめていた。前髪の奥から微かに見える笑顔が、今までで一番輝いて見えた。 その日の朝食は、いつもよりも少しだけ暖かい雰囲気に包まれていた。 愛々は朝食の後、再びソファに戻り、編み物を再開した。その背中を眺めながら、自分がどれだけ彼女のことを大切に思っているのかを改めて感じた。 「愛々、今日はどこか出かけたいところとか、あるか？」 「え……？」 彼女は編み物の手を止めて振り返った。その動きが少しぎこちないのが、彼女の恥じらいを物語っていた。 「いや、せっかくの休みだし、どこか一緒に行けたらなって思っただけだよ。」 「……そう、ですね。」 彼女は少し考え込んだあと、小さな声で答えた。 「じゃあ、静かな公園とか……どうでしょうか？」 「いいね。愛々がそういう場所を選ぶなんて、ちょっと意外だけど。」 「……私だって、そういうところが好きなんです。」 その返事に、思わず微笑んだ。愛々と一緒なら、どこへ行っても素敵な時間が過ごせるだろう。 二人の朝は、ゆっくりと温かい時間の中で進んでいった。